【出産レポ】完全破水からの微弱陣痛→促進剤 →緊急帝王切開

出産レポ

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こんにちは、川越りさ(@risa_kawagoe_v)です

あなたは、自分が生まれた日のことを聞いたことはありますか?

私が生まれた日は台風で、23:58という日付を跨ぐ寸前で誕生。入院が1日と数えられ、5日目に退院でとてもきつかったと笑いながら母は言っていました。

肩が産道に引っかかり、頭が出てからが大変だったそうです。

 

私は、2017年4月9日(日)、2866gの男児を出産しました。

在胎週数は38w1d。少し早めに生まれて来てくれたのは、とてもとても可愛い我が子です。

かなりヘビーな難産で、「こんなことになるなんて、誰も教えてくれなかった!」とひたすらに痛みを耐える出産・産後となりました。

それでも、私は自分の息子が生まれてきてくれた日を一生忘れず、思い出すたびに命の重さと尊さと愛しさを募らせると思います。

 

前駆陣痛は34週から。それでも子宮口は開く気配がない

妊娠中は切迫早産の危険と隣り合わせで過ごしていました。

基本的に自宅にて安静。さらに、貧血の数値がかなり悪く、毎日病院で鉄分を注射。

血圧も跳ね上がり、妊娠中毒症の一歩手前ということで、何度も入院をほのめかされていて楽しい妊娠ライフとは遠いものでした。

前駆陣痛は34週くらいから頻繁にあり、36週になって張り止めの薬が中止になると、「早く産みたい!」としか思えないほどの張りに涙が出そうでした。(今考えれば、あの痛みは序ノ口にも達していませんでしたけど)

 

出産の前日4月8日、38w0dで38週検診を受診。

前駆陣痛もあるけど微弱、しかも「子宮口0cm固め」ということで、「まだ産まれないでしょう」という診断でした。

子宮頸管が短くて妊娠中に安静にしていたのに、いざ張り止めなどの薬を中止したら子宮口が開かずに産まれないこともあるんだと、安静にしていた時期を恨めしく思ったものです。

 

子宮口は0cmでも、今思えば出産(破水)の兆候のようなものがあった!

38週検診を受けた4月8日ですが、今思えばいつもとちょっと違うな…という兆候がいくつかあったんです。

私が感じた出産(破水)の兆候なので、他の人には当てはまらないかもしれません。しかし、私は下記の症状が出た時に、「体が熱い 出産」「出産 兆候」でかなり検索魔になっていました(笑)

異常に体が熱く、汗の量が尋常ではなかった!

私は低体温で、運動しても滅多に汗をかきません。

しかし、破水をする前の半日は異常に体が熱く感じて、脇や胸元や首筋に玉のような汗が浮かんでいました。

Tシャツの色も変わり、着替えをするほどだったので相当ですよね。

 

乳が張って、分泌液がポタポタ!

妊娠すると、貧乳の私でもかなり胸が大きくなりました。

破水をする前の半日は、乳が張って痛いくらいで分泌液がポタポタポタポタと落ちるほど出る状態でした。

 

夜中に完全破水。聞いていた破水と違うんですけど!

日付が変わって9日の0:10、不意にぱちっと目が覚めました。そして、漏らした!?的な感覚が…。

絶対にベッドを濡らしちゃいけない!と思っていたので、慌ててベッドを転がり下りベッド脇に立った瞬間、完全に私から水が溢れ水溜りはどんどん広がっていきました。

お漏らしじゃないですよ!!破水だったんです。

 

私が聞いていた破水というのは、ちょっとナプキン当てれば大丈夫よ〜というレベルからバスタオルを巻いて行ったよ!というレベルのもの。

慌てて1階にいた母に「破水したーーーーー!」と電話して、バスタオルや夜用ナプキンを持って来てもらったんですが、やはり追いつかず…。

バスタオルでも全然足りませんでした。3枚がびしゃびしゃになった時点で諦めました。

そこで、悪露対策に買っていたショーツタイプの生理用ナプキンを使ったんですが、これは大丈夫でした!違和感などはありますが、とりあえず移動できる程度にはなったのでホッとしたのを覚えています。

 

これは買っていてよかったアイテムの一つです。

悪露の量が凄かったという妹に勧められて買っていたんですが、私は破水で役に立ちました。一つ買っておくと、全部使わなくても生理の多い日の夜などに使えます。

やっと破水のドタバタから落ち着いた私は、病院と夫に電話し、母の車で病院に向かいました。

 

完全に破水したのに、まさかの子宮口0cmの固め

さて、病院に着いて助産師さんが子宮口のチェックをします。私の予想では2〜3cmくらい開いてると思っていたのに、まさかの子宮口0cmの固め!

前駆陣痛だと思っていたものは、実は微弱陣痛だったと判明。微弱とはいえ波が来るたびに耐えていた私は、ちょっと絶望です。

子宮口開いていないのなら、無理やり開ければいいんじゃないの?バルーンとか!と思って助産師さんに聞いてみたら、破水しているので感染のリスクがあるのでバルーンも使えないらしいんです。

「朝まで開かなさそうですね〜。寝れる時に寝てくださいね」と助産師さんは言いますが、寝られません。

結局、朝7:00の段階でやっと1cm。9:00の段階で2cmと骨折した亀並みのスピードでしか開かず。着々と微弱陣痛なりに強くはなっているのに、なぜに開かない子宮口。

そのうち、子供の心拍が落ちて来たので、促進剤を投与することに。最初から使ってよ!と思ったけど、これにもまた理由があったんです。

子宮口0cmやそこまで開いていない状態で促進剤を使うと、子宮の収縮で子宮が破裂してしまうことがあると…恐ろしい!

そして、私はまだ知らなかったんです。促進剤の恐怖を…。

 

促進剤を使うと陣痛はいきなりのMaxの痛さに

促進剤を使う前に麻酔をするための管を背中に刺すんですが、これがまた痛い。でも、よく考えてください。背中に管通すのが痛くないわけないんですよね…。

背中に麻酔の管を通すのは、胎児に影響が出ないようにだそうです。いや、でも背中から入れるって最初に考えた人すごすぎ。

その麻酔の管を背中に刺した時点でちょっと後悔し始めてたんですが、子供の心拍が落ちてきたとのことで促進剤を投与し始めました。

始めの10分くらいはかなりまだ余裕があり、ここで私は一つの大きなミスをしました。

夫が背中をさすってくれるわけでもなく、ただLDRの室内にいるだけの置物のような存在でした。私はとあるCMのような「期待しなくなったら楽になったの」的な心境だったわけです。

11時がすぎて、夫も約半日LDRの中にいるのも気が滅入るだろうと「外にご飯食べに行っておいでよ」と言ってしまったんです。

夫が外出してしばらくすると、尋常じゃないくらいのお腹の張りと痛みが。

ちょっと待って、こんなに痛いって聞いてない!徐々に強くなっていくんじゃないの!?と軽くパニックになりました。

助産師さんが横で「促進剤使うと痛みは急にMaxになるからね〜」と言ったのを聞いて、それ早く言って!!!と声にならない悲鳴をあげました。

 

破水による羊水の減少で胎児機能不全に

促進剤を使いかなりのお腹の張りと痛みに耐えていると、横で機械が警告音を鳴らし始めます。私はモニターを見る余裕もなかったんですが、看護師さんや助産師さん、医師がかなりバタバタしだしたんです。

「お腹の子供が心拍が落ちている状態で苦しがってる。促進剤の投与をやめるね。あと、今から帝王切開になるから」と、医師に超早口で説明されている時も私の頭は朦朧…。

ただ、「旦那さんは?え、いないの!?」と医師や助産師さんが会話しているのは聞いていて、「すみません、私が外に出しました!!!ごめんなさい!」と声にはならなかったですがひたすら謝ってました…。

その節は本当にすみませんでしたと病院関係者に土下座したいです。

 

LDRにいない夫と実母にLINEで「帝王切開」とだけ送るのが精一杯。ちょうど手術室に運び込まれる直前で夫は到着したらしいです。

その間、二度ほど子供の心拍は止まり、手術の準備と子供の蘇生の準備が並行して行われました。

私は何が何だか分からないなりに、頑張って!生まれてきて!と涙ながらに祈っていたことを覚えています。

緊急帝王切開になったこの状況で、私には問題がありました。

実は小さい頃に大きな手術をしていて、小腸を1/3切除しています。その時の癒着があるんです。

出産前の検診や微弱陣痛で余裕がある時に説明していたので、医師や助産師さんは帝王切開が決まった時に大きな病院と連携して手術方法を変えてくれました。

結果、恥骨の少し上からおへその下まで通常よりも大きく縦に切開し視野を広く取り手術を行うというものになりました。

通常は横に切るし、そんなに切らなくていいそうですよ。

 

産声は一生忘れられない

手術中、子供の命のことだけを考えていました。でも、ずっと子供の心拍は落ち着かず、モニター音はうるさいほどに鳴ります。

お腹を切るのも、いろんなところへの注射も何も怖くはなかったです。ただ、子供のことだけを思っていました。

お腹が切られ、結構な衝撃と共に子供が取り上げられた時にあげた産声は、今でも忘れることはできません。とても元気の良い声で泣いてくれて、私は生まれてきてくれて本当に良かったと安堵しました。

手術で手は動かなかったので、溢れた涙は助産師さんがずっと拭ってくれました。

 

子供の心拍が低下したり停止した原因は、完全破水したことがきっかけで羊水がほとんどなくなり、へその緒を子宮口と子供の頭で挟んでしまい自分に酸素が行かなくなってしまったことでした。そして、「臍帯下垂」。あと一歩で間に合わなくなるところでした。

夫は手術室にも一緒に入ってくれ、私の手をずっと握ってくれていました。感覚は鈍くなっていたけれど、とても心強かったです。

ちなみに夫は私のお腹の中を見てしまったらしく倒れる寸前だったらしいんですが、踏ん張ってくれていました。

 

その後全身麻酔に切り替わった私は意識を失い、目が覚めると個室に帰ってきていました。

子供をその日のうちは見ることができず、かといって痛みや朦朧とした頭で動くことはできずに歯がゆい思いをしました。

しかし、夫や母から「子供は元気に泣いているよ」と聞くと、あぁ私が産んだんだな…と不思議な感情と共にポッと暖かくなるものを感じました。

 

結局、息子は先天性の病気で大きな病院に運ばれたため、新生児のうちに息子を抱っこしたのは1度だけです。

この記事の上にある写真は手術後10日が経った頃。ようやく抱っこができるようになった時の写真です。とてもとても軽い、でも私にとって一番重い命でした。

 

【最後に】出産は奇跡。一人として同じ出産はない

出産は奇跡です。一人として同じ出産はなく、その人その人でさまざまなストーリーがあります。

超安産で産んだ方だって苦痛なく産む人はいませんし、私よりも超難産で産む方だっています。同じように促進剤を使っても効きがあまりない人だっているでしょう。

でも、お腹で長い間一緒にいた我が子と会った瞬間に、妊娠中の辛さや出産の辛さは吹き飛ぶぐらい幸せを感じるのは同じなのではないでしょうか。

私の息子はこうやって生まれてきました。息子にも、いつか「生まれた日のこと」を教えて、命を大事にしてもらいたいです。

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2 件のコメント

  • 初めまして、桜花と申します。
    昨年10月に第一子を出産しております。

    陣痛からの緊急帝王切開お疲れ様でした。
    出産は奇跡、本当にそう思います。(上手く感想が書けずすみません。)

    川越りささんのお子さんとの過ごし方等も勉強になります。

    • 初めまして、桜花さん!川越りさです^^
      コメントありがとうございます。

      わぁ!お子さん、息子と同級生ですね!
      なんだか嬉しいです^^

      息子との過ごし方は、ちょっと管理しすぎかなと思ったりもしますが、これからも今からも試行錯誤でいろんな意見を取り入れて過ごして行けたらと思っています!
      twitterでも頻繁に情報を求めて先輩方に聞いたりしているので、桜花さんもぜひ教えてくださいね^^

      これからもよろしくお願いいたします!

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